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2016.10.03 Monday | 21:49

ある大人たちの会話

 

 

 

「真心を込めて、こんばんは。随分と、お久しぶりでござます」
「お久しぶりですね。まさか、あなたから連絡をしてくるとは思いませんでした」
「あら、どうして思わなかったのでしょう。あ、もしかして、何度もお手紙をいただいたのに、一度も返事をしなかったからでしょうか。ごめんなさい、面倒に思っていたわけではないんです。ただ、貴女の名前を見ると気分が悪くなるもので、読まずに破りすてていただけなのでござます」
「私の名前を覚えていただけでも上等でしょう。なんでしたら、もう一生話せないものと考えていたもので」
「ええあと一生、なんでしたら、あと七生ほど声を聞きたくなかったのですけど。昔を懐かしめる間柄なら良いのですが、虐めた側は忘れても、虐められた側は、その恨みを一生忘れないというでしょう?」
「まるで私が虐めた側みたいな言い草ですけど、逆ですからね、それ」
「ええ、同窓会のように昔を懐かしむ会話の類なら、真心を込めてご免なのですけど……生きているうちに、貴女の悔しがる声だけは聞いておきたいと思って、嫌々ながら連絡をしたわけでござます」
「ほほう。どうして私が悔しがらなければいけないのでしょう」
「完膚なきまで叩きのめされるからに決まっているでござます。当然、他の何ものでもなく、私が屈辱を味わわされたデザインで」
「デザインで。それはまた今さらですね。まあ、嫌いではありません。ちょこちょこと続けてはいます。あなたが続けていたのも喜ばしいことです。ですが、今の私の本業は、それではありません。あの頃と違い、デザインのみに打ちこんでいるわけではない私に勝って、これまでの時間分の雪辱が果たせたと、あなたは満足できるのですか」
「あぁら、誤解しないでいただきたいものでござます。私も、今の貴女とデザインで競おうとは思いません。そもそも貴女とは、一生かけても覆らないだけの敗北を私が喫する形で、決着がつきました。私たちは、お互いの誇りを懸けて、一世一代の勝負をしたのですから」
「私を叩きのめすと言われたばかりですが。なんの頓智ですか」
「頓智でも何でもありません。私が直接動くわけではないという意味でござます。貴女を叩きのめすのは、ある一人の天才少女です。彼女は私の姪です」
「あなたの姪。パリの幾つものデザインコンクールで入賞しているという、ラグランジェ家の少女ですか」
「うふっ、ふふふ! よくご存知のようで何よりでござます! 彼女は家族であり、私が真心を込めて育てた生徒の一人でもあります。彼女がまだ幼かった頃から、私の真心の全てを込めて、デザインの才能を磨きました」
「ああ、あなたは、服飾学校の教師におなりあそばされたそうですね。随分とご立派なお仕事に就かれたもので、真心を込めて陰ながら応援いたします。で、その、あなたの生徒が、どのようにして私を悔しがらせるんですか」
「これまでパリのコンクールへ参加させてきたのは、彼女の実力を計るため……本命は日本。私の教え子が、貴女の国のコンクールの賞を総嘗めにしてさしあげます。我が国おフランスとの実力の差を思い知らせ、最後に『こんなものに価値はない』と、真心を込めて嘲笑ってあげるつもりでござます」
「ほう、これはまた悪趣味で大人気ない真似を思いつくものですね。でもそれ、私が悔しがってあげる理由になりませんよね。現役学生の皆さんがお気の毒なだけです」
「うふふ! とぼけちゃって! 先ほど私のお仕事を立派だと誉めていただきましたけど、貴女も、直接ではなくても、立派なお仕事に就いているんでしょう? ね、フィリア学院日本校の理事長さん!」
「よくご存知で。まあ隠してはいませんが」
「私自身が貴女と対決する機会はもうありません。ですから私の生徒に、貴女が育てている生徒たちを完膚なきまでに叩きのめしてもらうでござます。それだけの才能が備わった生徒の登場を長年待ちのぞんできました。そしてようやく現れた生徒が、私と血の繋がった姪なのですから、感動もひとしおです。これは言わば、私と貴女の代理戦争。デザインでこそ屈辱を味わわされましたが、今後こそ貴女に、あの日と同等の悔しさを惨めさを憎々しさをたあああああっぷりと味わわせてさしあげるザマス!」
「まだザマス言ってるんですか。もうお互い、いい年なんですから。たとえ叱るときでも、生徒の前ではやめてあげてくださいね」
「私が真心を込めて育てたように、貴女も自分の生徒たちに深い真心を抱いているでしょう? 我が子同然に愛する生徒が、悔しがりながら過ごす無駄な三年間を、手を出すこともできずに眺めていてくださいね」
「はあ、面白そうですねそれ。ではせっかくの代理戦争なのですし、その姪っ子さんを私のフィリア学院日本校へご招待してさしあげましょうか。特待生扱いで」
「は?」
「せっかく気の遠くなるほど長年夢見た代理戦争なのでしょう? それなら私たちの代理の眼前にお互いの敵を据えて、徹底的に戦わせた方が面白いじゃありませんか」
「ええと……はい?」
「どうしました。手塩にかけた姪っ子を敵地のど真ん中へ放りこむのは怖いですか」
「いいえ、彼女には、敵地だろうとど真ん中だろうと、嫌がらせを受けようと妨害をされようと、実力で全てをねじ伏せるだけの才能があります。憎っくき土地へ向かわせるのですから、それだけの教育を施したつもりです。いま不安に思っているのは、私の姪の問題ではなく、貴女の脳の出来でござます。あの、私の言っていることを理解していますか? それともお馬鹿さん過ぎてわからなかった?」
「実はこちらも少し面白いことになっていまして、来年度から私のおぃ……親戚が入学するみたいなんですよ。当然、デザイナー科へ」
「あら」
「まあ親戚と言っても、私の家の人間ではないんですけどね。大蔵家からは、別の科を受験するひとが数名いるようで……まあ、そっちはいいです。デザイナー科へ進む親戚は、子どもの頃からよく知った顔です。こちらの名代は彼女で構いません。お互いの血の繋がった生徒が、フィリア学院のデザイナー科で争う。年末にはコレクションも開催します。私たちの代理戦争として、これほど相応しい役者と舞台がありますか」
「それはまた真心の込もった素敵なお話ですけど……二度と立ちなおれないほどコテンパンにしてしまうと思いますけど? 貴女の親戚というその生徒に、自信があればあるだけ、悲惨な結果になると思いますけど?」
「ええ、お願いします。むしろ、めっためたのコテンパンにしてやって欲しいんですよ。少し、甘やかされて育ちましたから。知識だけはある頭でっかちで、中身は腑抜けの甘ったれという部分が、当時の私と少し被ります。一度、鼻っ柱を折って……いえ、それはもう折れていましたね。まだ若い内に、凝り固まった頭が粉々になるまで潰されて、追いつめられて、そこから這いあがって自分を固めなおすくらいで丁度いいんです」
「私の愛する姪を貴女の教育の道具にされても困りますけど……」
「あなたこそ自分の復讐の道具にしているじゃありませんか。ラグランジェ家の人間なのですから、さぞかし日本という国はお嫌いでしょう? 留学などさせて、ご本人は耐えられるんですか」
「その点についてなら、ご心配には及びません。打倒しなければならない敵がいると聞いて、望んで日本へ行くと、自ら申しでてくれました。本来なら足を踏みいれるのも汚らわしい土地ですが、それも私の誇りを守るために受けいれるそうです。デザインも私が言いつけたのではなく、彼女がまだ幼かった頃に、自分の意思で始めたことです。私は少しだけ手を引いて、最初の数歩を導いただけに過ぎません。きっかけや途中経過はさておき、最後の決断は本人の意思によるものです。彼女の留学に私と貴女の事情は関わりを持ちませんから、道具にされているだなんて心配はなさらないでくださいな。どちらかと言えば、自信とプライドを無惨に打ち砕かれる、貴女の親戚の方が心配です。貴女と同じ血が流れているのですから、さぞ才能がおありなんでしょう? 本当にいいんですか? 這いあがるだなんて、生易しい真似ができないほどの絶望を与えるつもりですよ?」
「いいですよ。やっちゃってください。三年間を無駄にさせるつもりで、徹底的に叩きのめして構いません。なんなら学院を辞めたくなるほどの思いをさせてください。それでもあなたは立ちあがったのですから」
「ふふっ、学院には行けず、お屋敷から出られなかった、嫌な日々を思いださせてくれてありがとう。とめどない憎しみが湧いてきました」
「私は、感謝していますけどね。あなたは学院を休んでいたとはいえ、私たちが卒業したあとで復学し、最後まで通いつづけました。年下の学生に交じって通学する日々が、あなたにとってどれだけの悔しさかは図りかねますが……私に、友人との誓いを守らせるため、登校を再開したのでしょう? 私はあなたとの戦いを宣言した日に、その場に居合わせた友人と『私たちの誰ひとり欠けることなく卒業しましょう』と誓いあいました。ですがその誓いは、あなたが学院を休みはじめてから、叶わないものと諦めていました。私はそのことを卒業したあとまで残念に思っていたのです。ところが、誰に聞いたのかはわかりませんが……おそらくは親切な貴族の彼女でしょうが、あなたは復学し、卒業して、彼女たちとの誓いを守らせることで、私を嘘つきにしませんでした。その事実を知ってから今まで、あなたに感謝をしています」
「ふふっ、ふふふ! なんて自分勝手な都合のいい世界! 今の話を聞く限り、私は貴女のことが大好きなのですね。ふふっ、ふふふふ、面白ォい! 突然失礼なことを言いはじめたと思ったら、そのお話の内容があまりにも面白くて、呆然としてしまいました。でもごめんなさい、勘違いしないように言っておきますね。私は貴女が大嫌いです。生理的に受けつけません、無理です」
「奇遇ですね、私もあなたのことが出会ったときから大嫌いなんですよ。でも感謝したのは事実なのですし、お礼だけは言いますね。どうもありがとう余計なお世話様でした」
「ふふっ、ふふふ! ずいぶん大人しくなったのですねと思いながら話していましたけど、ようやく以前の貴女らしさを見せてくれて、とても嬉しいでござます! 私の挑戦に、そこまで真心を込めて応えていただけるのであれば、あとは自分たちの生徒に結果を委ねて、争うしかありませんね」
「いいでしょう。フィリア学院日本校の理事長としては、あなたの生徒を大切にお預かりします。これは一私人として、極めて個人的な闘争のために、あなたとおフランスを相手に宣戦布告します」
「ええ。お互いのために、真心を込めて尽くしましょう。この回答を合図に、代理戦争の始まりです。三年後にはっきりと白黒がつき、私が勝利した暁には、貴女の惨めな顔を眺めに日本へいきますね! ふふっ! ふふふ!」
「いいですね、それ。私が勝った場合は、こちらからパリを訪れて、あなたの顔を見に行きましょうか。それで、いいですね?」
「ええ、構いません。入学の手続きなどについては、これ以上貴女と話したくないので、当家のメイドに確認させますね。では三年後に」
「ああ、待ちなさい。こちらから情報を開示しておいてなんですが、私とあなたに関わりがあることを姪っ子さんには黙っていてください。私の親戚がデザイナー科にいるというのも秘密です。事前に情報を与えると、仕組まれたものと勘繰られそうです。馴れあいになったら、つまりませんからね」
「ええ。もちろん、そのつもりでござます。先ほども言ったとおり、彼女の意思で行われる留学に、私の感情が介在する余地などないのですから。これはもっとえげつない、母親同士が息子の進学先を競って、鼻の頭をぶつけ合うような、程度の低い争いでござます」
「それを聞いて安心しました。これは私とあなたの個人的な、私とあなたの繋がりの上で行われる争いなのですからね」
「そういうことです。ですから、決着がつくまでに大きく体調を崩して、私の不戦勝になんてならないよう気をつけてくださいね。あなたの健やかなることを私の神に祈ります。ごきげんよう」

 

「ジャスティーヌ。待たせてしまいましたね、私の愛するジャスティーヌ」
「あ、伯母様! お電話は終わったの?」
「ええ、終わりました。貴女が留学する、日本の学院を決めてきたのです。真心の込もった、とても良い学院ですよ。私がパリで通っていた学院の、日本校です」
「フィリア学院の? わ、よかった。伯母様と同じ学院へ通えるなんてうれしい」
「位置づけこそ本校はパリという扱いですが、日本校も、設備や教員の面で、決して劣ってはいません。貴女が成長するために、安心して通える環境です」
「ふーん。ま、私のために伯母様が決めてくれたのなら、なんの心配もいらないや。身の回りの世話をさせるメイドは、だれを連れてこうかなって悩んでるけど。あとめんどくさいのは、お父様とお母様」
「今まで真心を込めて話していたのでしょう? 許可は出ましたか?」
「ぜんぜん! もー、あの二人じゃ話になんないよ。デザインのことなんて、伯母様の億分の一の億分の一もわかんないのにね! だから、どーしても許可してくれなければ、自分で勝手に日本へ行って4月から通うって言ってきた。三年のあいだ留学するくらいのお金は、子どものころからちょっとずつお小遣いよけて、貯めておいたしねー……でもお金ない生活するのヤだから、困ったときは伯母様助けてよ。私がプロになったら返すよ」
「ふふ、貴女は幼い頃から目標を見据えて、本当に意思の強い子ですね。ええ、あなたの成長のため、私に助けられることがあれば、真心を込めて手を差し伸べましょう」
「ありがと。やっぱり伯母様は頼りになるね。お父様とお母様のことは好きだけど、あんまりにも服飾への理解が足りないからさ。真剣にプロのデザイナーを見据えるのであれば、お国や旧制度に振りまわされてるお父様お母様はそろそろ邪魔かもね。元貴族の肩書なんて、利用するくらいでなくちゃ。決めた。日本の学院を卒業して、伯母様に認めてもらえたら、私、このお屋敷には戻らないで独り立ちする」
「ふふっ、ふふふ! あまり、両親を困らせてはいけませんよ。かく言う私も、貴女の味方をしてしまっているのですけど」
「お父様お母様と話しても、価値観が違いすぎて、私の感性が鈍るだけなんだよね。だからもういい。デザインしたこともない人と、私の将来について話すのめんどい。そだ、伯母様は誰と話してたの? 私の留学先を決めてくれてたの?」
「私は昔の……旧い知りあいと話していました。私にとって、とても大切な人。友人と呼べるような関係ではないけれど、私が最も影響を受けた人の名前を挙げるなら、誰よりも真っ先に思いうかぶ、感謝すべき人です」
「へー。伯母様がそこまで認めるなんてすごいね。そのひと、デザイナー?」
「ええ、もちろん。彼女はその衣装で、当時、傲慢でいた私に、デザイナーとして忘れてはいけないものを教えてくれました」
「デザイナーとして忘れてはいけないもの。それって前に伯母様が言ってた、私が成功するために足りないもの?」
「その通りです。もしあの日、彼女に慢心を打ちくだかれていなければ、いつか私は服飾の世界そのものに挫け、放棄し、教師になることも、貴女にデザインを教えることもなかったでしょう」
「それじゃ、そのひと、私の恩人でもあるね。日本人?」
「ええ、そうです。だから私は、彼の国、彼の国の人々に、高潔な魂が宿っていると信じるようになりました。よく聞きなさい、愛すべきジャスティーヌ。私は学生の頃に優秀な成績を修め、何度も栄光を勝ちとりました。そのことで私は、すっかり驕っていたのです。貴女は私よりも優秀で、私よりも多くの栄光を勝ちとり、けれど私よりも心が強く、大きな自信を抱いていても、実力を伸ばすための努力を怠らず、服飾に対して傲慢ではありません」
「うん。それも、伯母様が勉強を教えてくれたからだよ。伯母様は優しいけど、怒るときは怖くて厳しくて、私、伯母様が家庭教師でなければ、とっくにデザインなんてやめてたかも」
「ありがとう、愛すべきジャスティーヌ。ええ、貴女だって、とても良い生徒です……と言っても、今となっては、貴女のデザインの才能を伸ばすために、私が教えられる技術や知識は、もうありません。教師として貴女にできることは、初めてペンを握らせた日の授業の内容と同じく、この道の心得を伝えるしかないのです。才能ある私の姪、ジャスティーヌ。貴女はまだ挫折を知りません。初回は落選したコンクールであっても、成長を遂げて、必ず入賞してきました。このまま傷の痛みを知らずに大成するのなら、それは他の誰にも真似のできない、輝かしい栄光と言えるでしょう。挫折などしなくても構いません。脇目も振らず華やかな道を歩むのも良いでしょう。ですが先ほど、貴女自身が『デザインを辞めていたかもしれない』と口にした通り、全てを過去のものにしてしまう決断は、いとも容易く訪れます。いざ挫折を知り立ちあがれなかった時、栄光だけを知り華やかさに飽いてしまった時、貴女が理由もなく放棄してしまうことを私は恐れます。貴女は自分でデザインの世界を見つけ、すぐ近くに私がいたことで、当然のようにこの道を歩んできました。もしかすると、その時に見付けていたのかもしれませんが、私はまだ貴女の口から『それ』を聞いた覚えがありません。私は『それ』がなかったため、己の無様な姿に耐えてでも大切な人の側でデザインを続ける、ということができませんでした。よく聞きなさい、ジャスティーヌ。貴女がこの世界で成功するのに必要な、あとたった一つの大切なもの。それを見付けられなければ、いずれ貴女が大きく成功したとしても、自分の立っている場所すらわからずに、谷の底へ落ちていってしまうでしょう」
「その大切なものってなに?」
「言葉に表すのは簡単です。夢、目標、芯となるもの……人それぞれで、形やイメージは異なります。ほんの小さなきっかけで良いのです。この世界へ残るためなら何より優先してでも、譲ることのできないもの。私で言えば、高すぎず低すぎず同等の実力を持ち、自分を打ち破るために全力を尽くし戦ってくれる人……その人は現れ、私を叩きのめしてくれました。ですが当時の私は、己の過ちを認めて謝罪すること、自らに注がれる厳しい周囲の視線、そんなものに脅えて、大切な人の側で競うための条件を乗りこえられなかったのです。それでも、彼女を自分の中に存在させ続けることで『それ』は形作られていき、確かなものとなりました。とうに時間の過ぎさったあとでしたが、私は立ちあがり、服飾の世界へ留まり、貴女という生徒を育てることができたのです。今の私にとって、貴女の成功は、この世界における自分の成功だと考えています。ですからジャスティーヌ、貴女が熟考した末の決断ではなく、ふと気付いただけの決断で輝かしい未来を投げだしてしまわないように、大切なものを見付けなさい」
「それはどうすれば見つけられるの? 伯母様みたいに、私と同じくらいのデザインが描ける相手を見つければいいの?」
「いいえ、私の経験は私の人生だけに影響を与えるものです。貴女は貴女の人生の中で、経験を積まなければいけません。それが何かを伝える言葉はありふれていますが、そのどれをとっても、貴女にとっての正解とは成り得ないのです。ではその答えを見付けるために、どのような道を辿れば良いか。私は愛する貴女のために考え、同年代の友人と交わる中に答えがあると結論を出しました。ところが貴女は、実力が飛びぬけているために、幼い頃から周囲の人間と感覚が合わず、交友を結べませんでした。そこは私の姪、ラグランジェ家の人間ですから、真心を込めて周りを見下しながら接しているのが、離れた位置にいる私の目から見てもわかるほどです。それ自体は貴女の性格なのですし、今から直せなどとは言いません。また、実際の地位が高いために、この街、この国に居ては、周りも身構えてしまいます。ですから、日本へお行きなさい。彼の国の人々は高潔な魂を宿しています。苛立ち、呆れることも多いでしょうが、それさえも貴重だと、パリにいては学べなかったと思えるような、多くの経験を積ませてくれます。私は彼の国の人々から大切なものを学びました。いいえ、今も学び続けています。私が大切に想う人は、遠いあの日から、返事も届かない手紙を送りつづけてくれました。彼女の直筆で綴られた文字の、その一つたりとも、感動を覚えなかったことはありません。彼女は、同じ日本人の従者を指して、その彼女ですら憧れる人だと言いました。彼女たちを育てた、まだ訪れたことさえない日本という国を私は強く信頼します。ですがこれは、私の経験上にある信頼です。貴女は幼い頃から私を信じ、その勧めに従い、準備に必要な苦労を厭いませんでした。教師としての私は、それが貴女のためになるのだと、はっきり言えます。ですが、貴女の伯母として、貴女を娘のように想う人間として、一度だけ弱音を吐かせてください。本当は、怖いのです。真心を込めて育てた貴女が、遠い異国の地へ向かうことに不安を抱いているのです。大好きなジャスティーヌ。貴女は恐ろしくありませんか。私を信じて、遥か東の果ての島国へ行くのですか」
「行くよ。私は伯母様を信じてるから。自分のために大切なもの、見つけてくる」
「ありがとう、私の愛するジャスティーヌ。貴女の人生が数多くの栄光で彩られることを祈ります。いずれ貴女が答えを見つけ、パリへ戻る日は、私が彼の国まで迎えに行きましょう。そして共に、私の大切な人のもとを訪れ、お礼を言いましょう……真心を込めて」


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